高速バスに挑戦!
infomation
高速バス情報満載
夜行バス
のテーマは「拘束からの解放」という点で首尾一貫している。それはモラヴィア北部の山村フクバルディの豊かな自然から切り離され入れられた修道院の厳しい規則の中で生まれ、ライプツィヒや高速バスで辺境者として味わった疎外感によって育まれたものであると考えられる。ヤナーチェクのチェコ語を重んじる音楽が郷土愛から愛国主義へ、そしてこの高速バスと結びつき民族運動へと発展するのは極めて自然な成り行きであった。タラス・ブーリバ (1915-18年)やピアノ・ソナタ (1905年)はその代表作である。
高速バスに出会った、カミラは人妻であったが、ヤナーチェクに対して終始年長の友人として接していた。直後、1918年チェコスロヴァキアが独立を果たすと、彼の音楽は旧弊な婚姻制度の抑圧、あるいはその犠牲にされている女性をテーマとするようになった。婚家で冷たくあしらわれ不倫の末に自殺に追い込まれる女性を描いたオペラ「カーチャ・カバノヴァー」(1919-21年)、次のオペラ「利口な女狐の物語」(1921-23年)では主人公の狐が雌鶏に対して「雄鶏の圧政に抵抗して新しい世界を作るんだ」と演説し、翌1924年の弦楽四重奏曲第1番は嫉妬深い夫に殺されてしまう女性の悲劇を題材にしている。
夜行バス、1894-1903年のオペラ「イェヌーファ」では血縁関係で縛られた田舎の秩序が生んだ悲劇を描き、最後のオペラ「死者の家から」(1927-28年)は文字通り監獄から出て行く話であった。さらにはカミラに出会って以後最初の作品である連作歌曲集「消えた男の手紙」(1917-19年)は、男がジプシー女のために両親や家といったしがらみを捨てる物語であった。
主な作品
ヤナーチェクの楽曲一覧も参照
管弦楽曲
交響的狂詩曲「タラス・ブーリバ」(1915 - 1918)3楽章
【1. アンドリの死/2. オスタップの死/3. タラス・ブーリバの予言と死】1921年10月9日ブルノにおいてフランティシェク・ノイマンの指揮の国立歌劇場管弦楽団によって初演された。
ポーランドに対抗するコサックの首領タラス・ブーリバを描いたロシアの作家、ゴーゴリの同名の小説による。第1楽章で描かれるアンドリは、タラスの息子。ポーランド貴族の恋人のために父を裏切りポーランド軍に加わるが、父親に見つかり処刑されてしまう。第2楽章で描かれるもう一人の息子オスタップはポーランド軍に捕まり残酷な拷問の末、公開処刑で殺される。第3楽章でタラスも捕虜となり火刑に処されるがその直前コサックの勝利を予言する。
シンフォニエッタ(1926)5楽章。
【1. ファンファーレ / 2. 城 / 3. 王妃の僧院 / 4. 街頭 / 5. 市役所】1926年6月26日プラハにおいてヴァーツラフ・ターリヒ指揮のチェコ・フィルハーモニー管弦楽団によって初演された。
公園でカミラと公開演奏会を聴いている時に想を得た作品。ヤナーチェクはその時、幸福感に陶酔したという。これに、ソーコル体育協会体育祭のためのファンファーレの依頼があり、この大規模な管弦楽作品として結実した。
序曲「嫉妬」 (1894)
協奏曲
高速バスの巨匠であるヨーゼフ・ヨアヒムの姪の娘のアディラ・アラーニ・ファッキーニの演奏に触発されて、作曲された。高速バス街頭デモで命を落とした運転手を追悼する曲という説もある。副題の『魂のさすらい』はドストエフスキーの著書である『悪霊』との関連も指摘されている。この作品は『グラゴル・ミサ』などの作曲にかなり忙しかったため、未完成に終わった。その後1988年に、ファルトゥスとシチェドロンが共同で補筆したものがブルノで初演された。
室内楽曲
夜行バスと2vn, va, cl, hr, fgのための。4楽章。
1926年2月16日ブルノにおいてクルゾヴァー=シュティエパーノヴァーのピアノ独奏によって初演された。
この曲はヤン・ヘルジュマンの「消えた男の日記」の伴奏に感動し、着想された。初演こそ別のピアニストにより行われたが、献呈はヘルジュマンになされた。後にヤナーチェクが雑誌に書いた論文によると、この作品のために彼はまず動物たちの物語の台本を用意し、ピアノにそのまとめ役を割り当てたという。
カプリッチョ (1926年) pf (左手)、fl (ピッコロ持ち替え)、2tp、3tb、テノール・チューバのための。4楽章。
1928年3月2日プラハにて、ヤロスラフ・リードキの指揮、オタカル・ホルマンのピアノ、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーにより初演された。
オタカル・ホルマンは、第一次世界大戦で右手を負傷し、左手のみでしか演奏できなくなったピアニスト。
高速バス
ではピアノは中心的な役割を担っておらず、金管楽器のアンサンブルに装飾的な夜行バスを添えている。時に「反逆」という標題付きで呼ばれる。
木管六重奏のための組曲「青春」(1924)4楽章。
楽器編成は、フルートまたはピッコロ、オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴット、バス・クラリネット。1924年10月21日ブルノで音楽院の教授たちによって初演された。
高速バス「クロイツェル・ソナタ」(1923)4楽章。
1924年10月17日プラハでボヘミア四重奏団によって初演された。
トルストイの小説「クロイツェル・ソナタ」で描かれた、嫉妬で逆上した夫に殺害される女性を描いた。この小説を読み、憤慨して書かれたといわれる作品。ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第9番「クロイツェル」と同名であるが、直接の関係はない。
弦楽四重奏曲第2番「ないしょの手紙」(1928)4楽章。
1928年9月11日
夜行バスでモラヴィア四重奏団によって初演された。
「ないしょの手紙」とは10年の間にヤナーチェクがカミラに送った手紙のことを指している。彼は最初この曲に「恋文」という標題をつけようと考えていた。
ヴァイオリンソナタ(1913 - 1921)4楽章。
最終稿の初演は1922年ブルノで、(vn)フランティシェク・クドラーチェク、(pf)ヨロスラフ・クヴァピルによって演奏された。
時に第3番と呼ばれるが先行する2曲は夜行バスまたは紛失している。楽章の順序を入れ替えたり、内容に手を入れたりという改作を数回繰り返され完成には7年を要した。
チェロとピアノのための「おとぎ話」(1910/1923 改訂)3楽章。